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月経研究会

月経はうつるのか

ピックス⑦月経はうつるのか京都大学        蔵   琢也

月経はうつるのでしょうか.うつるというのは、長くいっしょにいる家族や友人間で、1人が月経になると、その直後に他の女性にも月経がくるということです.このような現象が存在するらしいことはずっと昔からいわれていました1).しかしながら、これを直接示すことは難しいことです.一見、女性たちの月経が同調しているように見えてもそれは直接的な原因ではなくて、間接的なものかもしれません.例えば、試験の日や合宿のような精神的・肉体的に重要な事件があると、月経周期に影響が出ます.そのような事件の影響を同じように受ける女性の間では、直接的な関係がなくても、精神的な影響で似たような日に月経がくることがありえます.また、月経はほぼ30日に1度きますから、偶然に月経日が似てくるということもあります.このような理由から生理的な要因を社会的な要因などから区別するのは容易ではありませんでした。

しかし、スタン(Stern)とマクリントック(McClintock)2)は、月経を同調させるフェロモンの存在を決定的に示した研究を行いました.彼らはまず、月経周期のモデルになるべき女性の脇の下から、汗などの分泌物を毎日採取しました.その成分を卵胞期と排卵期に分けます.そして、それをしみこませた綿で影響させたい被験者の上唇の上を拭くのです.するとどうでしょう、卵胞期の女性の匂いを嗅がせた女性の卵胞期の長さが少しばかり短縮したのです。逆に、排卵期の匂いを嗅がせた女性の卵胞期の長さは伸びました.その差は2日程度でした.しかし、月経期や黄体期の長さは影響をほとんど受けませんでした.

このように月経の周期に影響されて放出されるフェロモンが、他の女性の月経周期に影響を与えるのです.嗅覚が鋭い動物としては犬などが有名ですが、人間も匂い、とくに他の人間の放出するフェロモンに意外に敏感なことが知られています.ただし、その匂いの意味を意識できるとは限りません.むしろ、無意識的な場合のほうが多いのです.

現在、月経周期の同調については多くの研究が行われていて、一緒に生活するとある程度同調することはほぼ間違いないと思われます.しかし、調べてみたけれども目立った結果が出なかったり、別の要因や統計の間違いを疑わせる場合も多く、あまり強く同調するとはいえません.このようなわけで、女性の多い職場では月経もある程度は同調してしまうのですが、ぴったりそろうということはありえず、全体的に仕事の効率にムラがでるということを心配する必要はないといえます.

ところで、現在の動物行動学や進化生物学では、常に行動の適応的な利点を考えます.先の実験では身体から出るフェロモンを媒介にして女性の月経が同調することはわかったのですが、月経が同調して何か良いことがあるのかという疑問になります。自然界では、これが役立ていることもあります.例えば、ライオンの群れのメス同士は血縁が濃く、共同で子育てをします(図1)。乳や餌も共同でやります(実は独居性だと見られがちなネコでも、無理に共同で飼うと同じことが起こります).そのため、ライオンでは発情が同期して、ほぼ一斉に子どもを産みます.しかしながら、人間の場合はこれは考えにくい要因です.人間は一斉に子どもを産むわけでも、複数のメスが共同保育で子育てをするわけでもありません。

このような理由から月経の同調自体に意味があるというよりも、むしろ女性の個々の内分泌的な理由を考えたほうがよさそうです.体の各部分は同調して働く必要があります.月経周期に合わせて、女性の体の各臓器や脳神経系がリンクして変化していかなければ、失調しています.そのしくみとして、血液や神経で伝達する経路だけでなく、体表から匂いを通じて、嗅覚で脳に伝えるという間接的情報伝達も重要な経路として存在するのでしょう.実際、フェロモンが他人に影響するほどですから、自分自身にはもっと影響を与えて当然です.そして、一緒に生活すると、元来、同一個体でのフィードバックだった匂いの機構が、他人にも影響を与えると考えられます。

文献

・McClintock, K.: Menstrual synchrony and suppression, Nature 229:244-245, 1971.

・Stern,K., McClintock, K.: Regulation of ovulation by human pheromones, Nature 392:177-179, 1998

引用文献

蔵 琢也 2004 Topics.7 月経はうつるのか 松本清一(監修)『月経らくらく講座-もっと上手に付き合い、素敵に生きるために-』 文光堂(http://www.bunkodo.co.jp/)Pp.110-111、より

 

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